こちらを手に取ったきっかけ
こちらの作品も、例によって「必読書150」に入っていたものになります。
あんまりじっくりと向き合ったことがなかったのですが、江藤淳さんはよく名前をお見掛けする方ですので、この際ちゃんと読んでみよう!と思い、購入しました。
あらすじ
「成熟」するとは、喪失感の空洞のなかに湧いて来るこの「悪」をひきうけることである(本文より)ーー「海辺の光景」「抱擁家族」「沈黙」「星と月は天の穴」「夕べの雲」など、戦後日本の小説をとおし、母と子のかかわりを分析。母子密着の日本型文化の中では、「母」の崩壊なしに「成熟」はありえない、と論じ、真の近代思想と日本社会の近代化の実相のずれを指摘した、先駆的評論。
「成熟と喪失」江藤淳、講談社文芸文庫、講談社
江藤 淳 来歴
江藤 淳(1932・12・25~1999・7・21)批評家。東京生まれ。
「成熟と喪失」江藤淳、講談社文芸文庫、講談社
1957年、慶應義塾大学卒業。大学在学中の56年、『夏目漱石』を刊行。偶像化されてきた漱石像をくつがえし、その後の漱石研究の方向性を示す。62年から数度にわたりアメリカに滞在、『アメリカと私』を生むとともに、のちの「国家」への関心や敗戦・占領期研究の契機ともなった。主な著書に『小林秀雄』『成熟と喪失』『漱石とその時代』『一族再会』『自由と禁忌』『閉ざされた言語空間』など。
構成
この作品は、あらすじにもありましたように、いくつかの文学作品を通じて、近代日本における「母と子(特に息子)」、ひいては女性のありようなどについて分析した批評です。
全体は約250ページが35章に分かれており、1章あたり約7~10ページ程度ですので、区切って読みやすいです。
ただし!!小説ではありませんので、勢いに乗ってどんどん読める、という感じではないかもしれません。私はダレないように、1章ごとに自分なりに要約を書き加えて読み進めました…
おおまかに5つの作品(作者)について語られており、おおよそ次のようになっています。
・Ⅰ~Ⅴ(1~5)
安岡章太郎「海辺の風景」
・Ⅵ~ⅩⅩⅢ(6~23)
小島信夫「抱擁家族」
・ⅩⅩⅣ~ⅩⅩⅦ(24~27)
遠藤周作「沈黙」
・ⅩⅩⅧ~ⅩⅩⅩ(28~30)
吉行淳之介「星と月は天の穴」
・ⅩⅩⅩⅠ~ⅩⅩⅩⅤ(31~35)
庄野潤三「夕べの雲」
感覚としては、2番目の「抱擁家族」のボリュームが多めだと感じました。
感想
感想① 試験に出そうなザ・批評!!
読み始めた時に、「あ、なんかこれ、大学入試に出そうな文章だなぁ」と思いました。
うまく説明できませんが、ザ・批評!!という感じの文章です。試験の感覚がよみがえってくるようでした(^^; 傍線とか引っ張ってありそうな。
つまりは、それだけ説明が理論だっており、しっかりした文章だということです。
分析対象の小説の引用の分量や入れ方も非常に巧みで、「なるほど、なるほど」と膝を叩きながら読んでしまいました。
感想② これは批評なのか、家族心理学、または社会学の論文なのか
ただ!試験の文章として出たのであれば、疑問を持たずに読むところですが、私の場合はこの作品を読みながら、ずっと次のような疑問が頭に湧いていました。
「この分析って、批評という媒体がベストなのか?」
ということです。
母子関係の心理について本当に解説できるのは、心理学者(家族心理学?)またはジェンダー系の社会学者のような気がして、ずっとそれが気になってしまいました…
実は私自身、批評という分野はとても好きなのですが、考えれば考えるほど、批評というジャンルの立ち位置は不安定な位置にあるような気がしています。文芸雑誌での評論部門の新人賞が減っているのも、そのような事情を物語っているような気がします。
感想③ 解説者の人選がすばらしい
モヤモヤとしながら読み進めたわけですが、解説者に驚かされました。
あのジェンダー論で有名な社会学者、上野千鶴子さんです!!!
これはさすがの人選と思われました。やはり家族関係のプロの意見がこの作品には欠かせなかったでしょう。また、一般的な解説と比較してもかなりボリューム感のあるしっかりとした解説になっており、読み応えバツグンです。本作は主に母と息子の関係について述べていますが、娘について独自に分析を入れたところが上野先生らしい。
日本の家族関係は根深いテーマ
これは日本特有のテーマなのか、世界的にそうなのかわかりませんが、やはり家族というのは身近で、お互いに与える影響も甚大ですし、非常に根が深いテーマだと思います。
筆者の江藤さんはアメリカ滞在歴があるということですので、その江藤さんがこのような作品を書いたというのは、やはり日本における母息子の関係というのは特殊なものだという認識があったものと思います。男女平等が叫ばれて久しいですが、こういった角度からの分析に触れておくことも、相互理解の助けになるのではと思いました。