死者たちが語る、自らの人生とは ローベルト・ゼーターラー「野原」

珍しく手が伸びた最近の小説

実は、本好きと言いながら、新しく出た本になかなか食指が動かないタチです。
古典的なもので読みたいものが多すぎて…汗

ですが、こちらはネット記事の書評で目にし、死者が墓の中から語り掛ける、という内容が(生死の話題に敏感な私的には)非常に興味を引かれたため、珍しく単行本で購入しました。

あらすじ

まず、あらすじから。

悲しみとは、生の躍動――。人の尊厳に迫る、このうえなく静かな長篇小説。ミリオンセラー『ある一生』で国際ブッカー賞候補となったオーストリアの作家が、小さな町の墓所に眠る死者たちが語る悲喜交々の人生に耳を傾ける。たゆまぬ愛、癒えない傷、夫婦の確執、労働の悦び、戦争、汚職、ならず者の悲哀……。失意に終わる人生のなかにも、損なわれることのない人間の尊厳がある。胸を打つ物語。

「野原」ローベルト・ゼーターラー、浅井晶子(訳)、新潮社

架空の町パウルシュタットの墓所に眠る29人が、それぞれの語りたいことを語る、という内容となっています。

作者 ローベルト・ゼーターラーさん 来歴

1966年ウィーン生まれ。俳優として数々の舞台や映像作品に出演後、2006年『ピーネとクルト』で作家デビュー。『キオスク』などで好評を博す。2014年刊行の『ある一生』はドイツ語圏で100万部を突破。2015年グリンメルズハウゼン賞を受賞。2016年国際ブッカー賞、2017年国際ダブリン文学賞の最終候補に。2018年刊行の本書『野原』は、「シュピーゲル」誌のベストセラーリスト1位を獲得、ラインガウ文学賞を受賞。名実ともにオーストリアを代表する作家の一人。

「野原」ローベルト・ゼーターラー、浅井晶子(訳)、新潮社

オーストリアの作家さんということです。俳優もやられていたというのは、なかなか異色の経歴です。
ちなみに、国際ブッカー賞、国際ダブリン文学賞はどちらも非常に権威のある賞という事です。
上記の『キオスク』、『ある一生』は日本語訳がすでに出ているようですね。

よいと感じた点① 一編が短く、読みやすい

上にも書いたように、本作はある町の住民(故人)29名の語りによって形成されています。
本編240ページ足らずの中に29名ですので、単純計算で1人あたり8ページ程度のため、非常に読みやすいです。ひとつひとつは。

よいと感じた点② 複数の視点から語られる人物・事件

ただし!本作のキモは、全員同じ町の、ほぼ同時代の住民ということで、時折共通する人物や事件が登場する点にあります。前後が完全に関係者であることもあります。ある一つの出来事が、別の人物からまた語られることによって、捉え方の違いが浮き彫りになったりして、大変面白いです。

ですので、一編は読みやすいのですが、軽く読み流してしまうと、あとあとそれらが繋がらなくなってしまいます(私がまさにそれ。結局もう一度読み返すことになりました笑)。
ですので、ぜひ読む際には、登場人物についてメモを取りながら読むことを強くお勧めします!!

よいと感じた点③ 語り口の多様さ

死者たちの語り口ですが、これが非常に様々。
一人語りもあれば、相手がはっきりとしている語りもあります。まったくもって支離滅裂なものも…
捨て台詞一言のみ、という人もいます(!)。
ですが、それらの配置のバランスがよいため、読んでいる側を飽きさせません。

と、読んでいる側は非常に楽しいですが、書く側の身になって考えると、29人分の人物になりきって書く、というのは非常に途方もないというか、大変な作業だと思います。俳優として、様々な役を演じてきたことが活きている、ということなのでしょうか。ゼーターラーさんの引き出しの多さに感服です。

よいと感じた点④ 謎を残す、想像を掻き立てる表現

本作は、読んでいて、あんまりはっきりと関係性を明示しなかったり、「これはなんのことを言っているのかな?」と思わせる内容があります(私の読解力不足の可能性は否定しません)。

「実は、ここで出てくる人は別の話出てきたあの人のことなのか?」
「おかしいと思っていた人は、実はまともなのかも?」

などと、自分なりの仮説を立てながら読むと想像が膨らんで楽しいです。

1点、確信はありませんが、ものすごく怖いと思った関係があって、読了した人と考察を語り合いたいです(ちなみに、13人目と14人目の夫婦)。ミステリー要素もあるかと思います。

どこか古めかしさすら感じる作品

あんまり最近の本を読みつけていないので的が外れていたら申し訳ありませんが、近年の作品にしては、素朴さを感じる作品だと思いました。外国の雑誌では、「質実剛健なライ麦パンを思わせる」と評されたということですが、実に納得。書きぶりには装飾やひねりや見栄が一切なく、それが一層、もはや誰に遠慮する必要もない死者としての言葉をよりリアルに響かせます。

あんまりお教訓めいた結論に持って行きたくもないのですが、このように多様な視点から語られる人生を俯瞰することは、まさしく多様な考え方を知り、視野を広げることにつながると思います。本を読むことの意義はまさにこういったところにあるのではと感じます。

読み終えて感銘を受けたのは、死者が語る内容が、およそ生きているときには、これが死後に語りたいことになるとは思わないようなささやかな日常だったりすることです。ですが、振り返ってみれば、それが自身の人生のハイライトだったということはあるだろう、という不思議な納得感がありました。

自身の生き方、死に方と静かに向き合うことのできる良作と思います。オススメです。