絶え間なく繰り出される鬱展開 大江健三郎「万延元年のフットボール」

必読書150

軽快な話かと思いきや…

2023年3月3日、ノーベル文学賞作家の大江健三郎さんがお亡くなりになりました。
平成生まれ世代としては、日本史で必ず名前を覚えた方で、ひとつの時代が終わったような気がします。

実は「万延元年のフットボール」は、「必読書150」に入っていたため購入済みだったものの、のっけから内容が衝撃的過ぎて、読み進める勇気が出ず止まっていましたが、追悼の意味も込めて、今読むしかない!と思い、読了しました。

あらすじ

友人の死に導かれ夜明けの穴にうずくまる僕。地獄を所有し、安保闘争で傷ついた鷹四。障害児を出産した菜採子。苦渋に満ちた登場人物たちが、四国の谷間の村をさして軽快に出発した。万延元年の村の一揆をなぞるように、神話の森に暴動が起る。幕末から現代につなぐ民衆の心をみごとに形象化し、戦後世代の切実な体験と希求を結実させた画期的長篇。谷崎賞受賞。

「万延元年のフットボール」大江健三郎、講談社文芸文庫、講談社

長さは約450ページとそれなりの分量がありますが、13章に分かれており、それぞれタイトルもついているため、それを道標に読めばさほど中だるみせずに読み切れると思います。

大江健三郎さん 来歴

大江 健三郎(おおえ けんざぶろう、1935年〈昭和10年〉1月31日 – 2023年〈令和5年〉3月3日)は、日本の小説家。昭和中期から平成後期にかけて現代文学に位置する作品を発表した。愛媛県喜多郡大瀬村(現:内子町)出身。

東京大学文学部仏文科卒。学生作家としてデビューして、大学在学中の1958年、短編「飼育」により当時最年少の23歳で芥川賞を受賞。新進作家として脚光を浴びた。新しい文学の旗手として、豊かな想像力と独特の文体で、現代に深く根ざした作品を次々と発表していく。1967年、代表作とされる『万延元年のフットボール』により歴代最年少で谷崎潤一郎賞を受賞した。(中略)1994年、日本文学史上において2人目のノーベル文学賞受賞者となった。

核兵器や天皇制などの社会的・政治的な問題、知的な障害をもつ長男(作曲家の大江光)との共生、故郷の四国の森の谷間の村の歴史や伝承、などの主題を重ね合わせた作品世界を作り上げた。(中略)
戦後民主主義の支持者を自認し、国内外における社会的な問題への発言を積極的に行っていた。

Wikipediaより

作品の特徴

作品の特徴①悪夢のような展開がとにかくシンドイ

あらすじからもなかなかにハードモードな登場人物が多いものの、中身はその10倍くらいショッキングです。

いきなり、話は語り手である根所蜜三郎の友人が、顔を赤く塗り、裸で肛門に胡瓜を突っ込んだ状態で縊死するという事件から始まります。怖いとしか言いようがない。

そこから主人公はショックからか異常行動に出るし、妻のアルコール中毒は悪化してしまうし、最大の問題点である弟の鷹四は過去にとんでもない事実を抱えているし、その後もネタバレになるので書きませんがとにかく鬱展開の100本ノック状態です。

悪夢を見る時って、「こうなったら嫌だな」という方向にばかり物事が進むと思うのですが、まさしくそんな感じです。この作品は元気がある時に読むのをオススメします。

作品の特徴②自身のルーツに縛られてしまう人間の性

「万延元年のフットボール」というタイトルは、蜜三郎・鷹四の曾祖父の弟が万延元年に起こした暴動(万延という元号は実在します)と、主人公の弟である鷹四が、自身が結成したフットボールチームを前身として、また暴動を起こしたことをかけたものと思われます。

この作品では、常に曾祖父時代の出来事や、そこから始まった(?)一族の悲劇など、過去の出来事に縛られてしまう様子が見てとれます。

この作品は1967年という高度経済成長期に書かれた小説ですが、それにしては随分と未来より過去に捉われている印象があります。
ただ、いつの時代にあっても、自身のルーツというものは気になるものですし、ましてや大事件を曾祖父の代で起こしているとなると、影響も大きいでしょう。

ラストには多少の希望を私は感じましたが、そこに至るまでの悲惨さがひどすぎたために、人間やはりあまり過去にこだわり過ぎない方がよいのでは、と感じてしまいました。

作品の特徴③正気と異常の境界線とは何かを考えさせられる

この作品の登場人物たちは、ほぼ全員異常なのではないかと思いますが、さらには白痴の状態の人間も複数登場します。

大江健三郎さん自身、息子さんが知的障害を持っていたため、そういった問題意識が常にあったことが深く影響しているのではないかと感じました。

人は、現実とは思えない事件に接したり、謎の熱狂の渦に包まれた時、自分でも信じられないような行動に出てしまうことがありえます。そこに、この人はまともか、まともじゃないか、という線引きは難しい。

この作品も、自分の普段見ている現実の比較すると異常ですが、全体の基準線を少し下げたら、こんなものなのかもしれません。自分ではちゃんとしてると思っても、実は簡単に崩れるんだぞ、という警鐘を鳴らされているように感じました。

感想

まずは、大江健三郎さんの小説に初めて触れたので、「大江さんの文章って、こんな感じなんだ〜!」と知ることができたことはよかったです。

これまで読んできたどの小説よりも異なる作品だなと感じましたし、わけのわからなさの中にも物凄く奥の深いものを感じて、確かにすごい作家さんなんだな、と実感しました。

戦争で傷ついた心の、または人間の根本的な暗くて汚い部分を、綺麗事でなく、そのまま作品に落とし込んだかのような作風に胸を打たれましたので、今回のショックが癒えたころにでも、また別の作品を読んでみたいと思います。

個人的に、どこか現実味のない、浮遊感のある世界観はどこか村上春樹さんの作品の空気感と似ているように感じました。みなさんはどうでしょうか。