エロを通した愉快な人間讃歌 野坂昭如「エロ事師たち」

必読書150

タイトルからしてすごい

さすがに最近重たいものばかり読んでしまって、疲れてしまったので、少し軽めのものを。
こちらも例によって「必読書150」に入っているものです。

とはいえ、実はこれは後付けで、又吉直樹さんの「第2図書係補佐」(幻冬舎よしもと文庫)で紹介されており、面白そうだと思い購入したところ、必読書150にも入っていて驚きました。
タイトルは「えろごとしたち」と読みます。

野坂昭如(のさか あきゆき)さん 来歴

(1930-2015)神奈川県鎌倉生れ。早大中退。様々な職を経て、コラムニストとして活躍。1963(昭和38)年の処女小説『エロ事師たち』で、性的主題を辛辣かつユーモラスに追求、俄然注目される。1967年には、占領下の世相に取材した「アメリカひじき」、戦争・空襲・焼跡の体験を描いた「火垂るの墓」を発表。翌年、この両作で直木賞受賞。1997(平成9)年『同心円』で吉川英治文学賞を、2002年『文壇』およびそれに至る文業で泉鏡花文学賞を受賞する。他の代表作に『骨餓身峠死人葛』『一九四五・夏・神戸』等。

「エロ事師たち」野坂昭如、新潮文庫、新潮社

なんと、あの「火垂るの墓」の作者です!!!守備範囲広すぎませんか。

あらすじ

お上の目をかいくぐり、世の男どもにあらゆる享楽の手管を提供する、これすなわち「エロ事師」の生業なり――享楽と猥雑の真っ只中で、したたかに棲息する主人公・スブやん。他人を勃たせるのはお手のものだが、彼を取り巻く男たちの性は、どこかいびつで滑稽で苛烈で、そして切ない……正常なる男女の美しきまぐわいやオーガズムなんぞどこ吹く風、ニッポン文学に永遠に屹立する傑作。

「エロ事師たち」野坂昭如、新潮文庫、新潮社

よくこんな話を考えられたなあと思うくらい、次々と起こるエロをめぐる事件にくぎ付けになります!

主な登場人物

  • スブやん 主人公。30代後半。日々性的な商品を作ったり売ったりしている。逮捕歴あり。スブやんのあだ名は「酢豚」からとっており、豚のように太っているがどこかはかなく悲し気な雰囲気を持つ。未亡人のお春とその娘の恵子と一緒に暮らしている。
  • 伴的 スブやんの仕事仲間。写真好き。主に撮影担当。
  • ゴキ 運び屋。現在エロ事師は引退しているが、スブやんの仕事に協力してくれる。ゴキブリを飼っているため、ゴキと呼ばれている。
  • カキヤのおっさん スブやんの仕事仲間。エロ本やブルーフィルムの台本書きを生業としている。
  • ポール スブやんの仕事の手伝いをしている若者。
  • カボー スブやんの仕事仲間。スブやんが留置場にいるときに知り合った若者で、男前。
  • 「処女屋」のおばはん 処女の演技をする女性を抱えて商売をしている女。
  • お春 スブやんの内縁の妻。未亡人。床屋を営んでいる。
  • 恵子 お春の娘。高校生で、ませている。

本作の特徴

特徴①あっけらかんとした明るいエロ表現

この作品では、主人公スブやんを中心に、エロ事師たちが、いかにいいコンテンツを作成して儲けるかということに昼夜頭を悩ませています。内容としてはエロを追求しているにもかかわらず、本人たちは大真面目にやっているので、ねちっこさや嫌らしさを感じさせず、むしろサッパリとしています。

特徴②エロを巡る登場人物の滑稽さと悲哀

この作品は、ずっとおもしろおかしく話が進むわけではありません。
エロ事師それぞれ、この職業につくまでには経緯もあるし、タブーのようなことであったり、時には人の死にも遭遇しますが、湿っぽくならずユーモアを交えて明るく対応しており、戦後を生き抜くたくましさのようなものも感じさせます。ただ、それは本当に悲しい事を乗り越える、彼らなりの知恵なのかもしれません。
人間の生きることの悲哀を深く知るからこそ書けるものだと思いますし、同じ作者が火垂るの墓を書いたというのも納得。

特徴③これぞ人間

現代ですと、エロコンテンツというのは非難を浴びがちなものではないかと思いますし、この作品も出版当時は大変なことになったのでは、と思いますが、性的なものというのは本来人間の三大欲求のうちのひとつであって、生き物としての欲求を素直にストレートに描き切った野坂さんの度量に「これぞ人間の本当の姿だ!」と感服しました。

ラストは私にとっては意外な結末でしたが、とても人間味のある終わり方で、感動しました。

感想

今の時代になかなか見ないタイプの作品であると思いました。
常日頃から、性的な事を隠そうとしすぎる世の中の風潮には疑問を感じていますので、こうやってエロを明るく取り上げることは、ものすごく意義のあることだと思います。
個人的には、性教育云々の前に、中高生にはまずこれを読んでほしいくらいです。

「生きるという事は、きれいごとだけではやっていけないけど、一生懸命仕事に取り組んで、悲しいことも仲間と乗り越えて、がんばることって、素晴らしいよね!」という、野坂さんなりの人間讃歌だと私は感じました。

これほど読後感がさっぱりとした作品も珍しいと感じました(エロなのに)。
全体としても248ページ程度ですので、読みやすいですし、各方面で挙げられる名作ですし、本当におすすめです。