「博士の愛した数式」の作者が説く物語の価値 小川洋子「物語の役割」

この本を読んだきっかけ

先日、本屋大賞2023が発表になりましたね。受賞者の皆さま、おめでとうございます!

では、本屋大賞第1回の大賞はどなたかご存じでしょうか?
流れからおわかりかもしれませんが、小川洋子さんの「博士の愛した数式」が記念すべき第1回大賞受賞作品です。私も大大大好きな作品です。毎回ラストでは泣いてしまいます。

とはいえ、こちらの本を手に取ったのは別の理由もありまして、実は私は一時期小説家になりたいと思った時がありました。(フィクションを作り出すのが心底ニガテだということに気づき、あえなく挫折しましたが…。)
そんなとき、現代の小説家の中でとてもリスペクトしている小川さんが、小説の書き方について語った本があるということで、勉強のため購入した本になります。

あらすじ

人間は、なぜ物語を必要とするのか?

私たちは日々受け入れられない現実を、自分の心の形に合うように転換している。誰もが作り出し、必要としている物語を、言葉で表現していくことの喜びを伝える。

「物語の役割」小川洋子、ちくまプリマー新書、筑摩書房

小川洋子さんが、物語について書いたり語ったりしたことをまとめた本です。
また、こちらは「ちくまプリマー新書」という、ヤングアダルト向きの、非常にかみ砕いたわかりやすい内容の新書シリーズのものになります。児童書の近くに配置されていたりしますが、これが侮れません。青少年にもわかりやすく書かれたものは、当然大人にとってもわかりやすいものになりますので、物事の超基本を学ぶのに大変重宝しています。ほかの作品もおもしろそうなものがたくさんあります。

この本もなんと126ページ!一気に読めてしまう量です。でも、中身は濃いです。

小川洋子さん 来歴

1962年岡山市生まれ。早稲田大学第一文学部文芸科卒業。88年「揚羽蝶が壊れる時」で海燕新人文学賞を受賞。91年「妊娠カレンダー」で第104回芥川賞を受賞。その後も様々な作品を通じて、私たちを静謐な世界へと導いてくれている。著書に『冷めない紅茶』『ホテル・アイリス』『沈黙博物館』『アンネ・フランクの日記』『偶然の祝福』『まぶた』『博士の愛した数式』『ブラフマンの埋葬』『世にも美しい数学入門』(藤原正彦氏との共著)『ミーナの行進』(谷崎潤一郎賞受賞)などがある。

「物語の役割」小川洋子、ちくまプリマー新書、筑摩書房

やはり最も有名なのは「博士の愛した数式」なのではないかと思いますが、他の著作もたくさんあります。ただ、私も他にたくさん読んだわけではないのですが、「博士の愛した数式」から入って、他のもああいったほっこり系を期待すると、多少裏切られるかもしれません。もう少し静謐な感じのする作品が多い気がします。

この作品のよいところ

①小川洋子さんファン必読!

私もあんまり偉そうなことを言えるほどたくさん小説を読んでいないのですが、小川さんは現代の小説家の中で代表格と言える作家さんなのではないかと感じていますし、ファンも多数おられると思います。
そんな小川洋子さんが、どういった思いで小説づくりに向き合っているか、ということを語っている本作は、小川さんファンにとってはとても興味のある部分ではないかと思いますし、この本を読むとますます小川さんという人が好きになると思います。それだけ小説への向き合い方が真摯で謙虚で誠実なのです。

②少しでも小説家に興味のある方も必読!

私は小説家になりたかったとき、そもそもどういう心構えで書けばいいのか、わかりませんでした。
ところが、小川さんはこう言います。

つまり、『博士の愛した数式』は最初からストーリーがはっきり見えていたわけではなく、ある一場面がまず浮かび上がってきて、そこからいろいろなものが見えてくるというような書き方でした。数学について調べていくうち、さまざまな偶然の出会いがあり、その出会いが自然と物語を形作っていったのです。

「物語の役割」小川洋子、ちくまプリマー新書、筑摩書房、p21

私の場合は、映像が頭の中に浮かぶときには、すでにそれが小説になるというサインなのです。

「物語の役割」小川洋子、ちくまプリマー新書、筑摩書房、p61

はい、天才です。映像が浮かんできてしまうということです。降りてきちゃってます。
正直、ここを読んで私は小説家になるのをちょっと諦めました(^^;

もちろん色々な着想の仕方があると思うので、あくまで小川さんの書き方にはなると思いますが、本当にいい話というのは、面白くしよう、面白くしよう、とするよりも、自然と出来上がってくるものである気がしています。

小説家に興味のある方は、実際の小説家の方の着想の方法に直に触れることができますので、そういう意味では非常に参考になる本だと思います。

③小説の意義を再認識させてくれる

個人的に、小説というのは、ある意味回りくどい様式でもあると感じています。
「要するに何が言いたいんだ」と思う時もあります。
ですが、フィクションの形を取らなければ伝えられないものが確実にあって、事実ではないからこそ受け取れるものがあるとも感じます。小川さんはこう言います。

本書(引用者注:『1941年。パリの尋ね人』)の前書きでモディリアノは、寄せられた批評の中で最も心打たれた一文として、次のような言葉を挙げています。
「もはや名前もわからなくなった人々を死者の世界に探しに行くこと、文学とはこれに尽きるのかもしれない」
書くことに行き詰ったとき、しばしば私はこの文章を読み返します。

「物語の役割」小川洋子、ちくまプリマー新書、筑摩書房、p77

タイパ重視の今、ビジネス書、新書、啓発本、実用書がもてはやされがちではありますが、時にはフィクションの世界にゆっくり浸かる時間が人間には必要なんだということを再認識させてくれる本です。おすすめです。