期待通りの村上ワールド 村上春樹「アフターダーク」

こちらを読んだきっかけ

2023年4月13日、村上春樹さんの約6年ぶりの新作が発売になりましたね!
「街とその不確かな壁」。村上ファンとしてはこちらも相当気になるのですが、このタイミングで過去の作品のご紹介です(^^;

といいますのも、主人が私よりも村上作品を読んでいるのですが、「この作品はわけがわからなかったので、読んで感想を教えてほしい。」と言われたからです。前々から言われていて、ぐずぐずしていたのですが、ふと手に取った表紙がとても素敵だったので、ついに読んでみることにしました。

あらすじ

真夜中から空が白むまでのあいだ、どこかでひっそりと深淵が口を開ける。

時計の針が深夜零時を指すほんの少し前、都会にあるファミレスで熱心に本を読んでいる女性がいた。フード付きパーカにブルージーンズという姿の彼女のもとに、ひとりの男性が近づいて声をかける。そして、同じ時刻、ある視線が、もう1人の若い女性をとらえる――。新しい小説世界に向かう、村上春樹の長編。

「アフターダーク」村上春樹、講談社文庫、講談社

長編とありますが、約300ページで、セリフが多く、また難しい言葉はほぼありませんので、読みやすいです。
また、この作品は、時間の経過と焦点を当てる人物ごとに18章に分かれています。各章についている時計の絵もかわいらしいです。

村上春樹さん 来歴

著者略歴を引こうと思ったら、講談社文庫にはついていませんでした。意図的なのでしょうか。
ですので、手元にある「1Q84」から引用します。

1949(昭和24年)、京都市生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。’79年『風の歌を聴け』(群像新人文学賞)でデビュー。主な長編小説に、『羊をめぐる冒険』(野間文芸新人賞)、『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』(谷崎潤一郎賞)、『ノルウェイの森』、『国境の南、太陽の西』、『ねじまき鳥クロニクル』(読売文学賞)、『海辺のカフカ』『アフターダーク』、『1Q84』(毎日出版文化賞)がある。
『神の子どもたちはみな踊る』、『東京奇譚集』などの短編小説集、エッセイ集、紀行文、翻訳書など著書多数。海外での文学賞受賞も多く、2006年、フランツ・カフカ賞、フランク・オコナー国際短編賞、2009年エルサレム賞、2011年カタルーニャ国際賞を受賞。

「1Q84 BOOK1」村上春樹、新潮文庫、新潮社

私の考える本作の(というより村上作品の)特徴

①村上春樹独特の文体

(1)会話が多い

村上作品は登場人物同士の会話が多いように感じます。そしてそれが非常に理屈っぽいというか、おおざっぱな人にとっては「いや、細かくない?」というか、「マジでどうでもよくない?」みたいな内容が多いです笑。たとえば、次のようなセリフ。

「ここではチキンサラダしか食べない。決まってるんだ。僕に言わせてもらえれば、デニーズで食べる価値があるのはチキンサラダくらいだよ。メニューにあるものはおおかた試してみたけどさ。君はここでチキンサラダ食べたことある?」

「アフターダーク」村上春樹、講談社文庫、講談社、P14

普通の人間であれば、黙ってチキンサラダ注文して終わりです。理由なんて説明しませんし、する必要もありません。この後もしばらくチキンサラダについての会話が続きます。私はこういう理屈っぽい話も人も嫌いではありませんが、気になる人は気になるかもしれません笑。

(2)しばしば挟まれる音楽

有名ですが、村上春樹と言えば音楽!特にジャズとクラシックですね。
学生時代にジャズ喫茶を開いてしまうくらいの音楽好きですし、登場する曲も相当具体的です。誰の何という曲か、かなりはっきり出てくる印象。この作品名である「アフターダーク」も、文中に登場するジャズの「ファイブスポット・アフターダーク」から着想を得たもののようです。

(今はこういった知らない曲が出てきてもすぐにネット検索して聴けるので、本当にありがたい時代になりました…)

(3)性的な装置

また、村上春樹といえば、唐突な性的表現。なんでそこからそうなる!?みたいな展開で性行為に及ぶことがあるので、慣れていない人はギョッとするかもしれません。

村上先生自身、セックスというものを人間にとってとても重要な行為であると考えておられるようで、物語のの中で重要な場面であることもしばしばありますし、エッセイにもそのような記述があったと記憶しています。ですので、ただのエロい人とは思わないでほしいです笑。
ただ、この作品はかなりエロ要素は少なめであると思いました笑。そういう場所は出てきますが。

②謎の多い登場人物たち

村上作品の登場人物の特徴として、普通の人が全然いない、ということです。
だいたい心に傷を負ったような、どこか病んだ感じのする人物のオンパレード。
本作でも、親が犯罪者である男性、美貌の姉に対して劣等感を抱えている女性、そして眠り続ける女性の姉、誰かに追われている人物…などなど。
生活感があんまりないというか(食事はするんですけどね)、どこか現実味のない空気感が漂います。

③不思議な世界の存在と現実世界との出会い

あと、村上作品に多いのは、不思議な異次元の世界との邂逅です。
通常ではありえないはずのことが起こり、またそれが巡り巡って思わぬところで繋がっていく、ということが往々にして起こります。しかもそれが、ありそうにないのに、あってもおかしくないかもと思わせるところがあり、それがすごいと思います。
フィクションで、あまりにも現実離れした設定が出てくると、ちょっと興ざめしてしまうことがありますが、そういったことはありません。

ただ、その不思議な出来事がなぜ起こったのかなどは、明確な理由は示されないことがほとんどです。読む人の解釈や感じ方に委ねられています。

私は村上さんの作品を読んでいつも思うのは、村上さんてどこか巫女的な力があるのではないかな、ということです。心に傷を抱え、欠けた部分に苦しんでいる人たちが、無意識に異世界と行き来したり、傷を負った人間同士出会うことによって、治療されていくような話が多い気がしていますが、それがどうも意図して書いている感じがしないのです。
それを読んでいる自分自身も、読むことで心の欠けた部分が修復されたような感覚になります。どうしたらこんな作品が書けるのだろうといつも思います。

感想

冒頭に主人が本当によくわからない作品だと言っていたと書きましたが、私の感想は

ずばり、「NO。」
割とスッと落ちましたね。期待通りの村上ワールドでした!

ただ、この作品は、本を読むことによって何かを得たいと思っている人、スカッとしたい、という人には向いていないかもしれません。とってももや~っとしていることは間違いないので(^^;
そのモヤッと感を自分の中で消化して意味を見出せる人にとっては、村上春樹は他では味わい難いとんでもない魅力のある書き手であると思います。

個人的に、村上春樹の作品で一番最初に読むなら「海辺のカフカ」を勧めます(ちょっと長いけど…)。というのも、こちらの方が、感動するポイントがわかりやすいからです。
あとは、村上さん自身の人物が大変魅力的ですので、エッセイから入るのもありだと思います。私のオススメは「職業としての小説家」(新潮文庫)です。