実の親を山に棄てる 深沢七郎「楢山節考」

必読書150

この本を読んだきっかけ

こちらを読んだきっかけですが、例によって「必読書100」に入っていたことです。

タイトルからはすぐに内容が浮かんでこなかったため、単純に読みたいリストに載せていたのですが、「必読書100」の解説を読んだところ、姥捨山(棄老伝説)についての話という事で、もうその時点で深刻な話・考えさせられる話であることを確信し、一刻も早く読むべきと思い、購入しました。

あらすじ

「お姥(んば)捨てるか裏山へ 裏じゃ蟹でも這って来る」雪の楢山へ欣然と死に赴く老母おりんを、孝行息子辰平は胸のはりさける思いで背板に乗せて捨てにゆく。残酷であってもそれは貧しい部落の掟なのだ――因習に閉ざされた棄老伝説を文学として昇華させ、正宗白鳥が新人賞の選評で“人生永遠の書”と絶賛した表題作。正宗白鳥への通説無比の哀悼「白鳥の死」等、4編収録。

「楢山節考」深沢七郎、新潮文庫、新潮社

今回ご紹介する「楢山節考」は約70ページほどの作品で、短めとなっていますので、読みやすいです。あくまで、分量としては、ですが…

深沢七郎 来歴

(1914-1987)山梨県石和町生れ。少年時代からギター演奏に熱中し、戦時中17回のリサイタルを開く。戦後、日劇ミュージック・ホールに出演したりしていたが、1956(昭和31)年『楢山節考』で、第1回中央公論新人賞を受賞し作家生活に入る。『東北の神武たち』『笛吹川』などを発表するが、1960年の『風流夢譚』がテロ事件を誘発し、放浪生活に。埼玉県菖蒲町でラブミー農場を営んだり、今川焼きの店を開いたりしながら『甲州子守唄』『庶民烈伝』などを創作、1979年『みちのくの人形たち』で谷崎潤一郎賞を受賞。

「楢山節考」深沢七郎、新潮文庫、新潮社

随分と面白い経歴の方です。

テロ事件を誘発したというのが気になりますが、これは『風流夢譚』の内容が皇室を冒とくしたかのような内容であったため(実際は夢の中の話)、この作品を掲載した雑誌の出版社社長宅に右翼が押し入り、家人を殺傷したということです。それは確かに衝撃的な事件です。

本作のみどころ

①自ら死の山に赴く老母

姥捨山、というと、口減らしのために、年老いた者をその家族自ら山に捨てに行くという伝説で、嫌がる老人を無理やり捨てる、という印象がありました(実際に姥捨山が史実としてあったかは諸説あるようです)

ですが、この作品の主人公である老母おりんは、孫の妻が妊娠したこともあり、口減らしのため、自ら山に行くことを決意し、息子に対して宣言します。
あまりにも長く生きすぎることは、(本作の世界の中では)めでたいどころか恥じるべきことだったのです。身内にまで歯が丈夫すぎることを揶揄され、歯が丈夫すぎることを恥じ、自ら岩に顔を打ち付け前歯を折ってしまいます。

自身の家族を守るため、自ら命を短くするというあまりにもせつない決意をしなければならなかったということが非常にショッキングです。ですが、それが子孫に対してできる最後の愛情表現だったということなのでしょう。

②他家の姥捨との対比

主人公のおりんは、自ら山へ赴く強い女性ですが、全員がそういう老人ではありません。
近所の老父は、一度捨てられそうになったところを必死に抵抗して逃亡を図りましたが、最終的には信じられないほど残酷なやり方で山へ連れてこられてしまいます。

それまでは、もしかしたら仲の良い家族だったのかもしれませんが、今生の別れがこのような形になってしまうことがある、ということが、おりん親子との対比でより悲惨に感じられます。

③棄てる側と棄てられる側の間にある感情

姥捨山の悲惨なところは、家族自らが山に親を棄てるということです。
この作品中のおりんも、実の息子である辰平の背におぶられ、楢山に赴きます。しかし、その道中目にするのは、すでに棄てられた老人たちの見るも無残な遺骸。
表紙に鳥がたくさん描かれていますが、これはおそらくカラスのことで、老人の死体に群がるカラスたちなのです…

自分を産んで育ててくれたお母さんが、数日後にはこうなるとわかっていながら置いていかなければならない悲劇。その息子のつらさを理解し、息子に罪悪感を抱かせないようにふるまうおりん。
ラストの親子の情溢れるシーンには、涙を禁じえませんでした。

究極の物語

上のあらすじにもあったように、正宗白鳥がこの作品を読んだことを「ことしのうちの記憶すべき一事件」と評し、さらには“人生永遠の書”と評したことは、言い過ぎではないと思います。
この作品には人生において大事なことが、お教訓めいた言い方でなく表現されていると思います。

現代は平均寿命が長くなり、長く生きれば生きるほどめでたいと言ってもらえる時代ですが、もし、自分が年を取ったときに、自身の存在が若い世代の荷物になっていると認識したときに、おりんのように退く気持ちを持てるのか、考えこんでしまいました。

今は豊かになって、そういうことをしなくてよくなって良かったね、では済まされない重みがありました。まちがいなく、全員に読んでほしい作品です。