この本を読んだきっかけ
私はもともとピアノを習っており、ピアノ曲は人よりも聴く機会が多くありました。
そのなかでも好きだったのがドイツ音楽。最後のピアノの発表会で弾いたのは、ベートヴェンの「悲愴」第三楽章でした。思えばその時からベートーヴェンの人生に対する苦悩のようなものを少し感じ取っていたのかもしれません。ですが、その時はベートーヴェンの人生については、耳が途中で聞こえなくなってしまった以上のことは知りませんでした。
大人になってから、以前にこのブログでも書いた「絶望名言」2巻の方でベートーヴェンの名言が取り上げられているのを読み、いかに人としてつらい人生を送って、それを克服したのか、ということに感銘を受け、参考図書として挙げられていたこちらを購入しました。
以前から持っていましたが、最近つらいことが多かったので、再読しました。
あらすじ
少年時代からベートーヴェンの音楽を生活の友とし、その生き方を自らの生の戦いの中で支えとしてきたロマン・ロラン(1866‐1944)によるベートーヴェン賛歌。二十世紀の初頭にあって、来るべき大戦の予感の中で自らの理想精神が抑圧されているのを感じていた世代にとってもまた、彼の音楽は解放の言葉であった。
「ベートーヴェンの生涯」ロマン・ロラン、片山敏彦(訳)、岩波文庫、岩波書店
ロマン・ロランという名前は聞いたことがあるかもしれません。彼自身著名な小説家、評論家であり、ノーベル文学賞受賞者でもあります。
彼の代表作である小説「ジャン・クリストフ」の主人公である音楽家は、ベートーヴェンをモデルにしたと言われています。いかにベートーヴェン好きであったかが伺えますね。
本書の構成
この本は、ベートーヴェンにまつわる作品が複数収録されています。
・ベートーヴェンの生涯
・ハイリゲンシュタットの遺書
・ベートーヴェンの手紙
・ベートーヴェンの思想断片
ほかに、関連文献など、詳細な解説も込みで217ページほどですので薄いですが、内容は非常に濃いです。
ロマン・ロランとしての純粋な著述は最初の「ベートーヴェンの生涯」で、他はほぼベートーヴェン自身の文章の訳文になります。ベートヴェンにまつわる関連文献が多く入っているので、重層的にベートーヴェンを知ることが出来ます。
感想
①ロマン・ロランのベートーヴェン愛と表現力のすごさ
ロマン・ロランは小説家と書きました。この作品のメインは「ベートーヴェンの生涯」ですが、こちら、ただの伝記ではありません。ロマン・ロラン自身のベートーヴェン愛溢れた感動的な文章となっています。事実と感想のバランスの良さが素晴らしいと思います。
②ベートーヴェン自身の文章もすごい
また、この本にはベートーヴェンの書いた手紙なども掲載されていますが、これらの文章が相手への情愛に満ちた感動的な文章でして、音楽家である以上に人間としての懐の深さを感じさせます。
文才もすごいとは、天は二物も三物も与えるなあ…(それ以上の苦難も与えていますが。問題のある父親、母親の早世、聴覚をはじめとした健康不安、恋愛の不成就、親族の不義理など…)
③“天才”ではなく“人間”として
この作品を読み終えたあとは、ベートーヴェンを“天才”と呼ぶのは少し違和感を感じると思います。
というのも、ベートーヴェンは音楽の才能は天から与えられたかもしれませんが、それを潰してしまううのにあまりあるほどの苦難を与えられているからです。彼はそれらを“人間”として、苦しみもがいて克服しなければならなかった。それを成し遂げたのは、決して自然と与えられたものではなく、彼自身によるたぐいまれな精神力に尽きるでしょう。
私は、ベートーヴェンの音楽は非常に泥臭く、人間臭い、地を這う様な印象を受けます。それが明るい曲であってもです。モーツァルトの曲は天からそのまま持ってきたかのような印象を受けますが、ベートーヴェンの曲は音楽家以前にひとりの人間として誠実に生きた人にしか書けない響きを持っていると思います。それが人を深く感動させ続けるのだと思います。
お守りのように人生に携えていくであろう本
冗談ではなく、私は「ベートーヴェンの生涯」を、涙をこらえつつ再読しました。
それほどまでに、ベートーヴェンの生き方は、苦しんでいる人の心を勇気づけ、励まします。様々な苦しみにあえぐ人たちにとって、これほど心強い生きた見本はありません。私はこれからもつらいときにこの本をまた開くと思います。
また、その苦難を深く感じ、ここまで感動的な伝記に昇華させてロマン・ロランの感性と表現力にも脱帽です。みなさんも天才×天才の威力をぜひ感じてみてください。