この本を読んだきっかけ
「山椒魚」、井伏鱒二の代表作という事で超有名ですよね。
読んだことはなくても、文学史として暗記させられた人も多いのではないでしょうか。
私は中学受験のテキストに抜粋版が問題として掲載されていたために読んだ、と記憶しています。その当時もしみじみしていていいなあ、と思った記憶がありますが、あくまで抜粋であったため、勝手に原本はもっと長いんだろうと思っていました。
(ちなみに、当時小学生だった私はサンショウウオがトカゲのようなものだと知らず、オコゼみたいな魚だと思い込んで読んでいたため、いまだにこの話を読むとき山椒魚でイメージするのは魚(笑))
そんななか、最近井伏鱒二の展覧会に行き、あらためて、あの「山椒魚」って本当はどんな話なのかな?と気になり、読んでみることにした次第です。
しかし、まあこれが衝撃でした。
著者 井伏鱒二(いぶせ ますじ) 略歴
1898-1993)広島県生れ。本名、満寿二。中学時代は画家を志したが、長兄のすすめで志望を文学に変え、1917(大正6)年早大予科に進む。1929(昭和4)年「山椒魚」等で文壇に登場。1938年「ジョン万次郎漂流記」で直木賞を、1950年「本日休診」他により読売文学賞を、1966年には「黒い雨」で野間文芸賞を受けるなど、受賞多数。1966年、文化勲章受賞。
井伏鱒二「山椒魚」新潮文庫、新潮社
「黒い雨」は確か中学か高校の教科書に載っていました。
展覧会に行って私が初めて知ったのは、井伏鱒二は児童文学の「ドリトル先生」シリーズの翻訳を手掛けていたということ。この作品が長く日本で愛されるのも、井伏先生の妙訳あってこそだったのかも。
山椒魚 あらすじ
老成と若さの不思議な混淆、これを貫くのは豊かな詩精神。飄々として明るく踉々として暗い。本書は初期の短編より代表作を収める短編集である。岩屋の中に棲んでいるうちに体が大きくなり、外へ出られなくなった山椒魚の狼狽、かなしみのさまをユーモラスに描く処女作「山椒魚」、大空への旅の誘いを抒情的に描いた「屋根の上のサワン」ほか、「朽助のいる谷間」など12編。
井伏鱒二「山椒魚」新潮文庫、新潮社
私が購入したのは新潮文庫版の「山椒魚」。上にもありますように、12編の短編、井伏鱒二についての解説、亀井勝一郎さんによる「山椒魚」の解説、そして年譜もついているという、贅沢な内容です。これで490円(税別、2023年11月現在)はお得すぎ!!
(参考)新潮文庫版「山椒魚」収録の短編
山椒魚/朽助のいる谷間/岬の風景/へんろう宿/掛持ち/シグレ島叙景/言葉について/寒山拾得/夜ふけと梅の花/女人来訪/屋根の上のサワン/大空の鷲
感想
感想①思った以上に短かった
冒頭で、私が依然読んだときは抜粋版だったため、本当はすごく長いんだろうと思っていた、と書きました。
しかし、実際に読んでみるとなんと文庫にしてわずか11ページ!!という超々短編でした。
感想②自分ではどうしようもないことに対する苦悩に共感
この話の中で、山椒魚は岩屋に2年間入りっぱなしだったためにその間に成長してしまい、頭がつかえて外に出ることができなくなってしまいます。井伏先生の書き方が軽妙なので楽しく読めはするものの、自分に置き換えて考えてみるととんでもない絶望です。
このあと、よほどの幸運がない限り、ほとんど身動きが取れず死ぬなんて…
しかし、この山椒魚の気持ち、生きていると味わうこと、ありませんか。
自分の力では如何ともしがたい環境や立場による苦しみ。それを、山椒魚が私たちの代りに苦悩として吐き出してくれているかのような錯覚を感じました。この作品は、そういった絶望の淵に置かれたとき、人間はどうなってしまうのかという深い側面を切り取っているように感じます。
感想③感涙必至、ラストのカエルの一言
さて、ただただ一人で孤独に耐える山椒魚。なぜ自分だけがこんな目に、という思いが募り、最終的には岩屋に迷い込んだカエルを閉じ込めて出られないようにしてしまいます。要は道連れです。
なんてひどいことを、と一見は思いますが、追い詰められたとき人間は「死なばもろとも」という気持ちになるものです。実際に行動にしないまでも、脳裏をよぎるくらいはするでしょう。
ただ、山椒魚はそれを実行します。そしてその期間は長期にわたります。巻き添えにされたカエルの気持ちはどんなものだったでしょうか。
ラスト、一体どんな終わり方をするのだろうとハラハラして読んでいたのですが、ラストの1ページ、予想を裏切る感動に、落涙を禁じえませんでした。
まだ読んでいない方は、どう感じるか、ぜひ読んでみてほしいです。私はこれほどの文量でここまで深い愛を描けたものに出会ったことがないように思います。
文豪の能力、おそるべし
展覧会をきっかけに、私は過去の記憶をいい形でブラッシュアップできたように思います。
この作品は、きっとある程度年を重ねてから読んだ方が、より刺さるように思います。
しかし、わずか11ページでここまで人を感動させるものを描けるということが、文豪の力のものすごさを感じさせます。岩屋から出られなくなった山椒魚という着想、しかし深刻になりすぎず楽しみながら読める丁度良い塩梅、そして最後の山椒魚とカエルのやりとり。深い人間観察と確かな筆力なくしては書きえないと思います。
これを機に、井伏鱒二の作品をこれからもっときちんと読んでいきたいと思いました。
皆さんもぜひ読んでみてください。