この本を読んだきっかけ
おそらく、何かの雑誌に掲載されていたのだと思います。
ネガティブ人間に刺さりまくるタイトルで、目に飛び込んできたところ、なんと筆者は以前「楢山節考」を読んでいたく感動させていただいた深沢七郎先生ではありませんか!
深沢さんの経歴もなかなかに変わっており「楢山節考」以降ずっと気になっていた人であり、しかも「人間滅亡教」を唱えていると…?これは気になる、読むしかないと購入した一冊。
深沢七郎(ふかざわ しちろう) 略歴
1914年、山梨県生まれ。56年『楢山節考』で中央公論新人賞を受賞し、デビュー。60年『風流夢譚』がもとで右翼の襲撃事件が起こり、一時各地を放浪。65年、埼玉県に「ラブミー農場」を開き、以後そこに住む。87年没。著書に『笛吹川』『みちのくの人形たち』『庶民列伝』ほか多数。
深沢七郎「人間滅亡的人生案内」河出文庫、河出書房新社
ここにはありませんが、深沢さんはギター奏者でもあります。
概要
人間として生きるという言葉を信じません。ただわけもなく生きているのが人間です―――叶わぬ恋の悩みから、仕事に倦むサラリーマン、将来に怯える学生まで……。いまなお光る、世間に媚びない独自のユーモアと痛快なる毒で、人間の生きる道を描き出す、唯一にして永遠の人生指南の書、待望の文庫化!◎解説=山下澄人
深沢七郎「人間滅亡的人生案内」河出文庫、河出書房新社
どんな時代に書かれた作品?
この作品は、『話の特集』というミニコミ誌に1967年9月~1969年11月まで連載された、一般人からの相談コーナーをまとめたものです。
1967~1969ごろ年というと、戦後復興期、高度経済成長期であり、学生運動がちょうど盛んだった時期、ということになります。戦後ということで、平和は訪れたものの、これまでと社会構造が大きく変わり、生き方を模索する人が多かったのではないかという印象です。
感想
感想①質問者の文体が独特
最初のいくつかの質問を読んで、すぐ気づくのは、「かなり文体が…変?」ということ。
なかなかうまく説明できませんが、まず語尾が統一されていないことがあります。です・ます調、である調が混在しています。
また、内容がそもそも支離滅裂であることが多いです。これは妄想なのか?と怖さを感じてしまうものも。流れがなく、思いついたことを本当にそのまま書き連ねてしまったかのような感じです(解説によると、これでも編集者の手が入っている可能性が高いのでは、とのこと。)
この質問が書かれたのが1967〜1969年、質問者の年齢が10代後半〜20代前半が多いことを考えれば、彼らはまさに戦後に生まれた世代で、文章の書き方はあまり訓練されてこなかった?または、当時はこういう書き方が普通だったのか?と感じます。この感覚は皆さまにも読んで味わっていただきたいです。
感想②質問の内容にも時代を感じる
読んでいて驚かさせられるのは、質問の内容がほとんど同じような内容であることです。ざっくりいうと、「生きることにぼんやりとした不安を感じつつも、やる気が出ない。自分はどうやって生きていったらよいか?」というようなものです。回答者の深沢先生自身、同じ本に収録されている「小さな質問者たち」に、あまりに同じ質問だらけで、このコーナーを続けられなくなってしまったと語っています。
私が感じた印象は「こんなこと相談してどうする?」ということ(質問者の方、ごめんなさい)。今でも知識人の方に質問するコーナーはありますが、もっと具体的な質問、また、家族や他人に対する質問が多いような気がします。
私だったら、回答者が答えやすいように、立場をある程度配慮した質問をしますが、ここに掲載されている質問は、心中をそのまま暴露したような、いささか無遠慮さを感じるものでした。ただ、その当時は自身の生き方について漠然と不安があり、それが人生の一大事である人が多い時代だったのかも、と感じました。
感想③醒めたニヒリズム(人間滅亡教)に人間の真髄を見る
さて、対する深沢先生の回答ですが、これまた虚無的というか、ある意味悟り切った&冷めきった内容のオンパレード汗。こんなにやる気が出ない回答しちゃって、質問者さん達は大丈夫なんだろーかと不安になってしまいました笑。
回答を読み進めるうち、深沢先生の唱える「人間滅亡教」というものがどのようなものか、断片が見えてきます。
人間滅亡というのは今まで人間たちが思い込んでいた他の動物たちよりすぐれているという考えを滅亡させることなのです。
深沢七郎「人間滅亡的人生案内」河出文庫、河出書房新社、p83
人間には本物なんかありません。みんなニセモノです。どんな人もズウズウしいくせに、ハズカシイような顔をしているのです。どんな人もゼニが欲しくてたまらないのに欲しくないような顔をしているのです。人間は欲だけある動物です。
深沢七郎「人間滅亡的人生案内」河出文庫、河出書房新社、p91
私の人間滅亡というのは、人はこの地球上に繁栄しているのは、実は茄子の枝にベッタリこびりついているアブラ虫と同じ状態だと思うのだ。だから、人間は繁栄しなくてもいい、繁栄する必要はないと思う。そんなアブラ虫たちには道徳だとか、常識だとかは自分たちの繁栄のためには必要かもしれない。私の回答は必ずしも道徳だとか、常識だとかにこだわらない。
深沢七郎「人間滅亡的人生案内」河出文庫、河出書房新社、p207
要するに、人間がエライというようなおこがましい考え方は捨て、謙虚に生きたらよい、そして、滅亡したらしたで仕方ない、といった考え方のようです。
どこか反出生主義、仏教的ともいえる、達観した世の中の見方ではないかと思います。
ある意味真理ではあるでしょうし、私もおおむね賛成です。
ただ、私は普通に生きて行くために、「なんとなく」生きているのでは、身銭は稼げないと考えていますし、自分さえどうにか、という考え方ですと、自分の大事な人を守れるだけの地位や金銭は持てない。難しいところです。
ただ、とにもかくにも、この本の深沢先生の回答は、これまで読んだどの人生案内とも違った味わいのあるものでした。この混迷の時代に、違った角度からのものの見方を示してくれています。おすすめです。