この本を読んだきっかけ
ヘッセとの出会いは中学1年生の国語の授業で読んだ「少年の日の思い出」でした。
中学に入学して一番最初の国語の授業で扱ったものだったため、内容の素晴らしさと共にとても心に残った作品であり、その後も読書感想文を「車輪の下」で書いたくらい、お気に入りの作家でした。
時を経て、社会人になって以降色々とつらいことを経験したのちに書店で出会ったのがこちらでした。
もともと好きな作家であったのと、その時にヘッセがうつ病経験者ということを初めて知り、ヘッセの言葉を読むことで苦しい気持ちが和らぐのではないかという期待から、購入しました。
概要
ヘッセは少年時代にエリート神学校から逃げ出して以来、何度も挫折を繰り返して、50、60歳になってようやく落ち着いた生活をスイス南部の家で送った。二度の離婚、家族の死や病気、二度の世界大戦をはさんで社会も大荒れだった。その中で心身ともに疲れ果て何度も自殺願望を抱き、うつ病に悩まされた。
本書はその間に書き記したこうした心の悩みからの脱出法や苦しみとの付き合い方などについてのエッセイや断章をまとめた本。これらはストレスに悩む現代人のための妙薬ともなるだろう。
「地獄は克服できる」ヘルマン・ヘッセ、フォルカー・ヒェルス(編)、岡田朝雄(訳)、草思社文庫、草思社
まず、ヘッセがうつ病で長い事苦しんでいた、ということが大変意外でした。
私の中では、大文豪というイメージで、ノーベル賞作家でもありますし、子どものときは色々とあったかもしれませんが大筋として幸福な人生を歩んでいたのだと勝手に思っていました。
ヘルマン・ヘッセ 来歴
1877~1962年。ドイツ・バーデンヴュルテンベルク州生まれ。詩人、作家。1946年ノーベル文学賞受賞。代表作に『青春彷徨』(『郷愁』)『車輪の下』『デーミアン』『シッダールタ』『荒野の狼』『ガラス玉遊戯』などがある。
「地獄は克服できる」ヘルマン・ヘッセ、フォルカー・ヒェルス(編)、岡田朝雄(訳)、草思社文庫、草思社
ノーベル文学賞受賞理由は、「古典的な博愛家の理想と上質な文章を例示する、大胆さと洞察の中で育まれた豊かな筆業に対して」とのことです。そして、受賞年が1946年。第二次世界大戦終戦直後ということになります。平和の意味を世界中が嚙み締めたこの時期に受賞したということは、とても大きな意味があるように思います。
エリート学校に進学したものの、挫折していく少年の様を描いた「車輪の下」は自伝的小説として有名です。
感想
①断章や詩をまとめたものであるため読みやすい
この本は、ヘッセの短いエッセイや詩、日記の一部などを織り交ぜてまとめた本になります。この順番のバランスがよく、またひとつひとつが短いため、読みやすいです。
それこそ気分が落ち込んだときに、たまたま開いたところを読むのもよいでしょう。前から順番に読まなければいけないというものでもなく、すべてが含蓄のある言葉だらけですので、どこから読んでも大丈夫です。編集の上手さだと思います。
②小説家の域を超えた深い思索と現代への鋭い指摘
私がこちらを読んで驚いたのは、科学技術方面への懸念や、人類全体の今後のことについてなど、広い視野で思索をされていることです。
まず、のっけから刺さったのがこの一言。
現代人の生活の根幹をなしている寸秒を惜しむ気持ち、このあわただしさこそが、楽しみの最大の敵であることは疑う余地もありません。
「地獄は克服できる」ヘルマン・ヘッセ、フォルカー・ヒェルス(編)、岡田朝雄(訳)、草思社文庫、草思社、p9
技術が進み、あらゆるものが便利に、時短になっているにもかかわらず、私たちは毎日時間に追われて生活しています。これは不思議と便利になればなるほど加速しているような気がしますが、ヘッセの指摘はグサリと刺さります。
また、ドキリとさせられたのが次の一節。
私が好まず、信用しないのは、「有用な」発明品だけなのである。このような有用な業績は、つねに何らかの忌まわしい沈殿物を併せ持っている。それらはひどくけち臭く、ひじょうに狭量で、とても息の短いものである。(中略)そしれこれら有用な文化現象は、いたるところに、不道徳という、戦争という、死という、隠された悲惨という、一本の長い尻尾を引きずっている。文明の通過したあと、地球には廃棄物とゴミの山があふれる。
「地獄は克服できる」ヘルマン・ヘッセ、フォルカー・ヒェルス(編)、岡田朝雄(訳)、草思社文庫、草思社、p274
世間が便利だともてはやす物の裏では、安い賃金で強制労働される人がいたり、実は生産にあたって副産物としてゴミが出ていたり、環境破壊があったりしますよね。これをヘッセはほぼ直観的に理解していたようです。文学のみにとどまらない思考力に頭が下がります。
③苦しみながらも物事を成し遂げ、天寿を全うした人の言葉の力
戦争を2度経験し、うつ病になり、自殺未遂をしながらも85歳の(おそらく)天寿を全うしたヘッセ。
自ら命を絶ってしまった人の人生にももちろん大きな意味がありますが、苦しい、苦しいと思いながら生き続けることは、それだけで偉業だと思います。
そういった苦しい日々の中で生まれた言葉の数々は、優しく、現代の私たちの心に寄り添ってくれます。私はこの本は付箋だらけになるくらい勇気づけられる言葉があり、時々読み返します。
周りがみんな楽しそうに過ごしていることに馴染めない人、日々生きていることがつらい人にオススメです。
ヘッセの小説でオススメのもの
いくつかヘッセの本を読む中で、やはりオススメなのが「車輪の下」。いわゆるお受験させられた子どもの苦しみみたいなものがこれほどうまく表現された作品もないでしょう。短めですし、興味深く読めるものと思います。
あとは、「シッダールタ」です。著名人の方もおすすめする方が多い作品です。ブッダが放蕩の末に悟りを開くまでを描いたものですが、悟りを開いた瞬間の描写は鳥肌ものです。そもそも、よくもまあ悟りの瞬間を書こうと思えたなと思います(^^;ですが、その期待を裏切らない作品です。