精神科医による作家論「文豪はみんな、うつ」

「精神科医、文豪をガチ診断してみた」

文豪って、自殺する人、多いなぁ…
あと、変わった性癖があったりとか…
と、薄々感じてはいました。

そんなときに、本屋でこの本が面陳列されていたのが目に入りました。本当の精神科医が、文豪を診断しちゃおう、という本です。個人的に怪しいと思っていた、太宰治、芥川龍之介、夏目漱石、みんないるではありませんか。(おまけに私自身適応障害(うつ病)が診断された後だったために、なおのこと気になりました)

「おお、これで長年の私の疑問が解決するかも!!」

と、即買いしました(トップ画面では著作権の関係で新書版の表紙を載せていますが、私が購入したのは令和3年12月出版の文庫版です。以下、引用ページも文庫版からのものになります)。

あらすじ

文学史上に残る10人の文豪――漱石、有島、芥川、島清、賢治、中也、藤村、太宰、谷崎、川端。漱石は、うつ病による幻覚を幾多のシーンで描写し、藤村は、自分の父をモデルに座敷牢に幽閉された主人公を描くなど、彼らは、才能への不安、女性問題、近親者の死、自身や肉親の精神疾患の苦悩を、作品に刻んだ。精神科医によるスキャンダラスな作家論。

岩波明「文豪はみんな、うつ」幻冬舎文庫、幻冬舎 裏表紙より

著者来歴

以下、岩波明さんの来歴です。

1959年神奈川県生まれ。東京大学医学部医学科卒。精神科医、医学博士。発達障害の臨床、精神疾患の認知機能の研究などに従事。都立松沢病院、東大病院精神神経科などを経て、2012年より昭和大学医学部精神医学講座主任教授。15年より昭和大学附属烏山病院長を兼務。『狂気という隣人』『精神科医が狂気をつくる』『大人のADHD』『発達傷害』『発達傷害という才能』ほか著書多数。

岩波明「文豪はみんな、うつ」幻冬舎文庫、幻冬舎 

印象的だった文豪

上記の方々は、なんとなくわかっていたので、答え合わせができたような気持ちでした。

自分の中で意外だったのは、有島武郎(心中で死亡)と島崎藤村(姪と関係を持つ)のお二方です。勝手に安定感がある方のように感じていたのですが、全然そんなことありませんでした。

有島武郎

有島武郎は、父親が官僚である家庭で厳しく育てたれ、学術優秀だったが、一度入信したキリスト教を棄教し、最終的には人妻の編集者と関係を持ち、心中してしまいます。

しかも、意外なのが、本人は心中そのものに積極的ではなく、むしろ関係を断とうとしていた節があるということなのです。

岩波さんは、こう言います。

有島は、「情事」とそれによるトラブルによって追い詰められて心中したーーというのは正確ではなく、彼自身、死ぬきっかけを捜していたように思える。

岩波明「文豪はみんな、うつ」幻冬舎文庫、幻冬舎  P52

あくまで、不倫はきっかけにすぎないというのです。さらに岩波さんは、こう分析します。

性格的にも、有島はうつ病に対する親和性がみられたと思われる。うつ病になりやすい人には、一定の性格的な特徴がみられることが、以前より指摘されている。九州大学の精神科教授であった下田光造は、うつ病患者の性格的特徴として、几帳面、仕事熱心、凝り性、強い正義感、責任感などをあげた。これは「執着性格」と呼ばれるものであるが。有島にもかなり当てはまっている。

岩波明「文豪はみんな、うつ」幻冬舎文庫、幻冬舎  P52(マーカー箇所は筆者追記)

ここを読んで、ドキッとする方もいるのではないでしょうか。

真面目な性格だったのです。上記の性格に当てはまる人はきっと多いはず。しかも、これらはすべてよい性格のはずなのに、最期がこうなってしまうとは、せつないものを感じます。

島崎藤村

島崎藤村は、実の父が統合失調症となり座敷牢につながれます。また、姉も色々と苦しい環境の中で精神を病み、精神病院で息を引きとります。その他の家族も、波瀾万丈な人生を辿っています。

藤村自身は妻を娶り、沢山の子宝に恵まれたものの、3人の娘と妻を相次いで亡くし、幼い子どもたちの面倒を見てもらうために来てもらっていた姪と関係を持ってしまい、子どもまでできてしまいます。
さらにすごいのは、そのことを元に小説を書いてしまったこと(『新生』)。
のちには相手となった姪からも公で非難を受けるという、苦しい状況となります。

私が胸が締め付けられるようだったのは、この部分です。

藤村は人気のない公園を散歩しているときなどに、きっかけなく突然激しく号泣することがたびたびみられた。その涙のわけを藤村は語ることはなかったが、身近にいた人には、過去の周囲の人たちを不幸な陥れたことの重みに耐えかねたように思えたという。

岩波明「文豪はみんな、うつ」幻冬舎文庫、幻冬舎  P170

岩波さんは、藤村を、人生の「不幸」とたびたび直面し、繰り返してうつ状態となっていたと分析しています。

うつであることと、作家であること

本作で取り上げられている文豪たちは、精神的な問題のためか、不思議な行動、倫理的でない行動をすることが多いです。

それを悪いことだと断罪するのは容易いことですが、ただ、彼らは今でも読み継がれる名作を生み出したことも紛れもない事実であり、そこには何かしらの関係があったのではないかと思えるのです。そしてそこに、不思議な魅力がある。
文豪の精神分析をもとに、現代につながる問題意識を説いた岩波さんの文庫版あとがきはグッときました。

私は、この本を読んで色々な知らなかった事実を知り、文豪たちへの興味がさらに増しました。これから、有島武郎と島崎藤村の本を買って読んでみようと思っています。