複雑すぎる血の呪縛 中上健次「枯木灘」

必読書150

色んな意味でうわ~っとなった作品

最近、近代日本文学づいているところですが、またも長編を読み切りましたので、ご紹介します。
こちらも例によって「必読書150」に掲載されていたものです。

帯に「『推し、燃ゆ』宇佐美りんの“推し”」とあり、最初ちょっと意外に感じましたが、もしかしたら彼女の作品の「かか」は家族の話なので、影響が多少あるのかも?と思いました。

実に365ページとボリュームがありましたが、2日間くらいで読みました。それだけ先が気になるくらい、内容が不穏だったのです…。

枯木灘 あらすじ

紀州・熊野の貧しい路地に、兄や姉とは父が異なる私生児として生まれた土方の秋幸。悪行の噂絶えぬ父・龍造への憎悪とも憧憬ともつかぬ激情が、閉ざされた土地の地の呪縛の中で煮えたぎる。愛と痛みが暴力的に交錯し、圧倒的感動をもたらす戦慄のサーガ。戦後文学史における最重要長編。

「枯木灘」中上建次、河出文庫、河出書房新社

著者 中上 健次 来歴

1946年和歌山県生まれ。74年『十九歳の地図』でデビュー。76年『岬』で芥川賞、77年『枯木灘』で毎日出版文化賞、芸術選奨新人賞を受賞。他の作品に『千年の愉楽』『地の果て 至上の時』『日輪の翼』等。

「枯木灘」中上健次、河出文庫、河出書房新社

上記プロフィールはかなりあっさりしていますが、Wikipediaも参照したところ、その出自に驚きです。

和歌山県新宮市で父、鈴木留造と母、木下ちさととの間に私生児として生まれた。ちさとは、健次を妊娠中に、ある女性から、留造には他に女が二人いてそのうちの一人は妊娠しているという事実を知らされる。ちさとは留造と別れて一人で健次を産んだ。留造はこの女性と結婚し、この女性は健次の異母弟を産む。留造はこの女性との間にさらに二児をもうけた。

ちさとには死別した前夫の木下勝太郎との間に既に四人の子供がおり、留造と別れたあとは女手一つで行商をしながら子供たちを育てる。1953年、ちさとは、後に健次の義兄となる男児と二人で暮らす中上(なかうえ)七郎と出会い、まだ7歳と幼かった末子の健次だけを連れて同居、四人での生活をはじめた。七郎はこの頃は日雇いの土木作業員であったが、のちに土建請負業者になる。

1953年、新宮市立千穂小学校に入学する。1959年、小学六年生の終わり頃、12歳年上の異父兄・木下行平が24歳で、アルコール中毒の果てに縊死するという事件が起こる。行平は、ちさとと健次が中上七郎と暮らすために引っ越した後、もとの家に一人残され、鶏を飼いながら孤独に暮らしていた。見捨てられたと感じていた行平は、酒に酔っては斧を手にして、健次たちの家に何度もどなり込んできたという。行平の自殺は健次の大きなトラウマとなった。

Wikipediaより

なんと、中上自身が私生児であったとのこと…さらに、この作品を読めばわかりますが、この部分と枯木灘の設定は酷似しています。ほぼほぼ自分自身のことを書いていたということでしょう。これは力の入り方が半端ではなかったはずです。
ちなみに中上は腎臓がんのため46歳という若さで亡くなっています。

作品の特徴

①とにかく複雑な家族構成

あらすじだけ読んで、「はいはい、主人公は私生児なのね?了解。」と思って読み始めるやいなや、主人公の周り、全体的に血筋複雑すぎです。
主人公は義理の父親と実の母親と暮らしていて?兄とは血が繋がってなくて?実の父親は女が3人いて?それぞれに子どもがいて?さらに主人公に母が同じだけど父親違いの兄弟が4人いて?…
まあ、チンプンカンプンです。しかも名前が似てたりするので、ここでまず挫折しそうになりました泣。これはちょっと家系図作りながら読まないと無理だ!と思っていたら、そこは河出文庫さん流石でして、家系図がついていました(´;ω;`)!!!!これが本当にありがたすぎて…300回くらい参照しました。これがなければ通読できなかったと思います。

②全体的に暗くネチネチした雰囲気が漂う

この作品は複雑な家庭環境が全体を覆っている上に、事件や噂がひしめき合っており、終始不穏な空気が満ちています。私自身、読んでいる間、ずっと苦しかったです。

もちろん一番問題なのは、自分の母以外に2人も女性がいた、主人公の実の父親(犯罪歴あり)なのですが、これが数十年前の日本なのかと思うくらいで、いぶかしんでいたところ、中上は被差別部落出身であったと…。これでいろいろなことがだいぶ合点がいきました。

③自分の血筋への執念と悲劇

主人公・秋幸の実の父親の龍造は、女性はただの性器と言い切り、跡継ぎとなる男児しか目に入っていません。複数の女性に手を出したのもおそらく自身の血を残したいという気持ちからだったでしょうし、挙句の果てに自身の出自を権威あるものにするため、同じ苗字の歴史上の人物の子孫だと主張し、石碑まで立ててしまいます。

しかし、それだけ複雑化した結果、異母兄弟間で悲劇が起こります(しかも複数)。
親に捨てられたと思う事や、兄弟間の不和などは、特に子どもの心に大変な傷や十字架を背負わせることになるということ、ひいてはそれが筆者自身の心の叫びだと思うと、胸が痛かったです。

運命にあらがうということの難しさと救い

この作品の主人公をとりまく環境はあまりにも閉鎖的すぎて、また出自もいわくがありすぎたせいで、ああいう結果になったのはある意味仕方のない事だったのではないかと思いました。
本人がいかに悪い流れを断ち切ろうとしても、すべてを捨てきれない苦しさを感じました。

ただ、この作品には救いもあって、極悪非道と見られた実父の龍造が意外な行動に出ます。
実はこの作品はこれで完結ではなく、この前段の作品として「岬」、本作の続編として「地の果て 至上の時」という作品があるということで、この父親が一体どうなっていくのか、相当気になるところですが、この作品の雰囲気はなかなかダメージがありますので、間をおいて、いずれ読んでみたいと思います。