この本を読んだきっかけ
新潮文庫夏の100冊に入っていたため、以前から気になっていた作品になります。ただ、表紙の雰囲気といい、あらすじといい、読者の感想といい、かなりショックを受ける内容であろうと想像され、読むのをずっとためらってきました。
ですが、今回まとまった時間が取れたため、ショックを受けても回復するのに十分な時間が取れそうだと感じ、ついに手に取ることを決意。
あらすじ
田中幸乃、30歳。元恋人の家に放火して妻と1歳の双子を殺めた罪で、彼女は死刑を宣告された。凶行の背景に何があったのか。産科医、義姉、中学時代の親友、元恋人の友人、刑務官ら彼女の人生に関わった人々の追想から浮かび上がる世論の虚妄、そしてあまりにも哀しい真実。幼なじみの弁護士たちが再審を求めて奔走するが、彼女は……筆舌に尽くせぬ孤独を描き抜いた慟哭の長篇ミステリー。
早見和真「イノセント・デイズ」新潮文庫、新潮社
著者 早見 和真(はやみ・かずまさ)さん 来歴
1977(昭和52)年、神奈川県生れ。2008(平成20)年、『ひゃくはち』で作家デビュー。同作は映画化、コミック化されてベストセラーに。2015年、『イノセント・デイズ』で日本推理作家協会賞(長編及び連作短編集部門)を受賞。その他の著書に『スリーピング・ブッダ』『東京ドーン』『6 シックス』『ぼくたちの家族』『95 キュウゴー』『小説王』など。
早見和真「イノセント・デイズ」新潮文庫、新潮社
本作の舞台は横浜なのですが、早見さんが神奈川県出身ということで、納得。実は私も神奈川県出身なので、地名は聞き慣れている場所が多く、非常にイメージしやすかったです。
(主人公の幸乃が住んでいた横浜の地名が「宝町」となっていましたが、宝町という地名はないので、「黄金町」のもじりかな?)
本屋大賞ノミネートの『店長がバカすぎて』の作者でもあるということで、内容の振り幅がすごいな!と思いました。
感想
感想①私個人としては、そこまでショックではありませんでした
最初に言ってしまうと、私はそこまで引きずるほどの大ショックは受けませんでした。
もちろん大変不運で、悲しい話です。ですが、一切の救いがなかったわけではない、と私は思います。このお話以上に全く救いがない話は現実にもっとたくさんある気もしています。
現実のリアルさに到達することがなかなか困難な分野であると感じているため、私は普段こういった事件ものをあまり読みません。ただ、本作はフィクションは自身の伝えたいことを抽出して純粋なかたちにして提示することができる形態であることをうまく利用し、実際にあってもおかしくない事件として、ひとりひとりに深い問いを投げかける作品になっている、と感じました。
感想②人の言う事を鵜吞みにしてはいけない
この作品を読んでいて、強く意識させられたのは「自分の目で見ていないものを鵜呑みにしてはいけない」ということです。
主人公の田中幸乃死刑囚は、これまでの生い立ちを脚色して伝えられてしまったために、「いかにも人殺しをしそうな人物」と世間に思われてしまう存在でした。もちろんすべてが間違っているわけではありませんが、一部間違っているし、一部は正しい。ただ、すべてを知っているわけではないのに断片的な情報から、悪者だと決めつけ、糾弾するというのはとても罪深い行為だと感じました。
昨今では何か問題を起こした人を執拗に叩く、ということがよくありますが、それがいかに浅はかなことであるか、自分はそういったことをしていないか、自分の胸に問いかけられ続ける感覚がありました。
感想③犯罪を犯しても仕方がないと思える出自というものはあるのか
主人公の幸乃の人生は大変悲惨なものでした。裁判ではこの経歴により「そもそも問題のある人物」という印象付けがされていますが、むしろ「そのような犯罪を起こすような人間にならざるを得なかった」とも言えます。
最後の最後でちょっとひっくり返ってしまったのですが、ずっと上のような問いが私の中にありました。犯罪はもちろんいけない。ですが、状況によっては、「それは仕方なかったのではないか」と感じさせる事象があるのではないかと思います。そして同時に下記の作品のことを思い出していました。
この本を読んだ人に読んでほしい本
マイケル・ギルモア「心臓を貫かれて(上・下)」(村上春樹訳、文春文庫)です。
村上春樹さん繋がりで存在を知りましたが、こちらは衝撃のノンフィクション。殺人犯ゲイリー・ギルモアが銃殺刑になるまでを、実弟の目を通して綴った作品です。
小さい文字で上下巻ですのでボリュームがありますが、何かの呪いすら感じるあまりにも不運な生い立ちに、私は「これは仕方がないかも…」と納得させられてしまいました。こちらも併せてぜひ読んでいただきたいです。